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2018.10.26「極まれり」


  舞踏とは
  命がけで突っ立った
  死体である 
        土方巽
 
すっかり堕落の生活を送る私の胸に
突如と突き刺さったこの言葉。
 
嗚呼…凄い人の、凄絶な言葉。
 
 
暗黒舞踏、前衛舞踏。
昔から妙に惹かれ、心底好きで、よく観に行った。
特に大駱駝艦の舞台は、今でもくっきりと思い出す場面が
いくつもある。
亡國のPVに出演してもらった若林淳さんが辞めてからは
数回しか行ってないのだけど。
 
だから「極まれり」の“ 舞踏”は、
踊ること全般のことでもいいのだけど、
noir(黒色)を当てているわけだから
やはり私の中では、この舞踏、なのです。
(暗黒舞踏だからnoirなわけではなく、よ)
舞踏家の踊る肉体は、炭のような黒という感じがする。
白く塗られているのに。
彼らの表現の中に、自分の中にも確かに在るものを垣間見て
胸が詰まる。恐ろしくもあり、時に恍惚となる。
 
んーーまた観たい。
そういうものに、触れたい。
 
さてそれで自分は「命がけで」歌っているのかと問えば
考えてはみても答えは否で、だって
「極まれり」の“歌い手”のように、歌の究極は
聴く者の哀しみを癒やすものだから。生きる、続きだから。
 
でも歌の言葉を書くのは、
命がけというより命を削る、に近い気もする。
「芸術変態論」の未熟な僕の苦悩よりも、
末期のこの私の方がずっと命削ってるかも(笑)。
例えば何日も何日も何もできないときは、
なんで私の血は素直に赤くないわけ?
と見えない血を吐きながら思う。
ああ、極まれりには程遠い。
まだまだ敵わない凄い人たちがたくさんいるわ!
 
つづく。
 


 

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